M7,9だったそうですがこちらは全く揺れませんでした。
どういう状況なのか情報がないのでわからないのですが、
とにかく被害が少ないことを祈ります。
2012年8月31日金曜日
2012年8月26日日曜日
宗教
先日、寮でミサのようなものがあったので見学させてもらいました。
内容は聖書の解説とお祈りです。
率直に感想を言うと..ちょっと怖かったです。
無宗教の私にとって、ミサの参加者の熱心さというか信仰心の強さのようなものに気圧されてしまうようでした。
参加者の一人に、「こうやって神の言葉を聞いているから僕たちはいつも幸せでいられるんだよ。ほらみんなhappy personだろう。」
と言われました。
確かにミサの参加者(寮で働いている人たち)とは毎日顔を合わせるのですが、みんな本当に明るいのです。無愛想だったりぶっきらぼうだったりするところを見たことがありません。フィリピン人気質なのかななんてのんきに考えてましたが、もしかしてこういう怒らない、穏やかな態度も神への信仰心からなのかもとちょっと思いました。憤怒は7つの大罪の一つでもあるし。
「教育とは自分の弱さを他人に転嫁せず自分で消化するスキルを身につけることだ」
と以前どこかで読みまさにその通りだと納得したのですが、宗教はこの自分の弱さを自分で消化するスキルなのだと思います。
神のせいにする、じゃないですが悲しいこと苦しいことがあっても神からの試練だと思うと他人に転嫁しなくても自分で消化できるのかもしれません。
大切な人が亡くなっても、これも神が与えた運命だと思えば受け入れられるのかもしれません。
目に見えない大きな存在がいつも自分を見ていると思うだけで、なんだか楽になれたり、他人に腹を立てなくなったりするのは無宗教の私でも想像できます。
日本人特有というか以前の私は宗教と聞くと構えてしまいましたが、もうちょっと宗教について詳しく知りたいと思うきっかけになる出来事でした。
内容は聖書の解説とお祈りです。
率直に感想を言うと..ちょっと怖かったです。
無宗教の私にとって、ミサの参加者の熱心さというか信仰心の強さのようなものに気圧されてしまうようでした。
参加者の一人に、「こうやって神の言葉を聞いているから僕たちはいつも幸せでいられるんだよ。ほらみんなhappy personだろう。」
と言われました。
確かにミサの参加者(寮で働いている人たち)とは毎日顔を合わせるのですが、みんな本当に明るいのです。無愛想だったりぶっきらぼうだったりするところを見たことがありません。フィリピン人気質なのかななんてのんきに考えてましたが、もしかしてこういう怒らない、穏やかな態度も神への信仰心からなのかもとちょっと思いました。憤怒は7つの大罪の一つでもあるし。
「教育とは自分の弱さを他人に転嫁せず自分で消化するスキルを身につけることだ」
と以前どこかで読みまさにその通りだと納得したのですが、宗教はこの自分の弱さを自分で消化するスキルなのだと思います。
神のせいにする、じゃないですが悲しいこと苦しいことがあっても神からの試練だと思うと他人に転嫁しなくても自分で消化できるのかもしれません。
大切な人が亡くなっても、これも神が与えた運命だと思えば受け入れられるのかもしれません。
目に見えない大きな存在がいつも自分を見ていると思うだけで、なんだか楽になれたり、他人に腹を立てなくなったりするのは無宗教の私でも想像できます。
日本人特有というか以前の私は宗教と聞くと構えてしまいましたが、もうちょっと宗教について詳しく知りたいと思うきっかけになる出来事でした。
PCPの活動に参加しました
8月15アンヘレスの小学校Angeles bahay bata learning centerに行ってきました。
Philippines children project(PCP)という小学校でリコーダーの授業をするという活動です。
2年前、大学1回生の時に初めて参加してこれをきっかけにフィリピンに興味を持ちました。
今回は現地参加だったので少しだけお手伝いをさせてもらうという感じだったのですが、2年前の活動が思い出されて本当に楽しかったです。子どもたちの笑顔はキラキラして可愛いし、言葉が十分じゃなくても音楽ってやっぱり楽しいです。
そして本当に嬉しかったのが2年前に出会ったことを覚えていてくれたこと!
2年も経っているし一週間の交流だったからきっと忘れられているかなと思っていたのですが
名前も覚えてくれていたことには本当に驚きました。嬉しかった!
クットクット小学校で。
左の男の子は2年前にも出会いました。
私だけじゃなくて当時のPCPメンバーもっちゃん、まるちゃん、ぷーちゃん、そーり、さっちゃん全員の名前も覚えていた!すごい!そして嬉しい!
また会えたらいいな。
Philippines children project(PCP)という小学校でリコーダーの授業をするという活動です。
2年前、大学1回生の時に初めて参加してこれをきっかけにフィリピンに興味を持ちました。
今回は現地参加だったので少しだけお手伝いをさせてもらうという感じだったのですが、2年前の活動が思い出されて本当に楽しかったです。子どもたちの笑顔はキラキラして可愛いし、言葉が十分じゃなくても音楽ってやっぱり楽しいです。
そして本当に嬉しかったのが2年前に出会ったことを覚えていてくれたこと!
2年も経っているし一週間の交流だったからきっと忘れられているかなと思っていたのですが
名前も覚えてくれていたことには本当に驚きました。嬉しかった!
クットクット小学校で。
左の男の子は2年前にも出会いました。
私だけじゃなくて当時のPCPメンバーもっちゃん、まるちゃん、ぷーちゃん、そーり、さっちゃん全員の名前も覚えていた!すごい!そして嬉しい!
また会えたらいいな。
2012年7月30日月曜日
夏の思い出
保育園の夏祭りで着せてもらった浴衣の青と緑が混ざったような色が綺麗だった。金魚の尾みたいな真っ赤な兵児帯もお気に入りだったな。
小学生の頃、初めて子ども用じゃないプールに入って想像以上に深くて溺れそうになって監視員のおじさんに助けてもらった。
6年生のとき、社会の自由研究でみんなは歴史上の出来事について調べていたのに、一人
ジャズ音楽の歴史を調べて提出したなあ。これが大学でジャズ研に入る最初のきっかけ..?
中学生のときは水泳部が楽しかった。全然速くなかったけど、いつも魚になったみたいな気分だった。剣道部や野球部が汗を流しながら練習しているのを見ながら、水泳は夏にぴったりのスポーツだなーなんて当たり前のことを思っていた。
高校の夏は、部活の帰り道に食べるガリガリ君が美味しかった。午前練が終わって、じりじりした日差しの中、重たいエナメルかばんを持ってたらたら歩きながらおしゃべりする帰り道が楽しかったな。
琵琶湖の花火大会ではこっちに降りかかってきそうな迫力の花火に感動したなあ。
夏は、思い出すだけでなんだか切ない。きっと終わりがある夏だから心に残っているのかも。
フィリピンは毎日、夏。終わりのない夏。それはそれで良いのだけれど。
小学生の頃、初めて子ども用じゃないプールに入って想像以上に深くて溺れそうになって監視員のおじさんに助けてもらった。
6年生のとき、社会の自由研究でみんなは歴史上の出来事について調べていたのに、一人
ジャズ音楽の歴史を調べて提出したなあ。これが大学でジャズ研に入る最初のきっかけ..?
中学生のときは水泳部が楽しかった。全然速くなかったけど、いつも魚になったみたいな気分だった。剣道部や野球部が汗を流しながら練習しているのを見ながら、水泳は夏にぴったりのスポーツだなーなんて当たり前のことを思っていた。
高校の夏は、部活の帰り道に食べるガリガリ君が美味しかった。午前練が終わって、じりじりした日差しの中、重たいエナメルかばんを持ってたらたら歩きながらおしゃべりする帰り道が楽しかったな。
琵琶湖の花火大会ではこっちに降りかかってきそうな迫力の花火に感動したなあ。
夏は、思い出すだけでなんだか切ない。きっと終わりがある夏だから心に残っているのかも。
フィリピンは毎日、夏。終わりのない夏。それはそれで良いのだけれど。
2012年7月27日金曜日
グローバル
グローバル化について思うことを書きます。
世界共通で同じ食べ物、同じデザインの服など同じ商品を売る企業はますます増え、日本の企業も日本人だけでなく世界の人々を対象にしたものが普通になっていくのかもしれません。同じようなものを食べ、同じような服を着て、同じような商品を使い、世界中の人々と瞬時に連絡を取り合える。人がモノが情報が世界を動き回る。
世界が混ざり合っていくことはもう止められないのだと思います。そういう社会になったとき何が大切か。私は「違いに寛容になること」だと思います。
以前、自分の所属するカテゴリーを批判されると悲しいとブログに書きましたが、世界が混ざり合っていくとこういう経験がもっと身近なものになるのかもしれないと思いました。
国の違い、民族の違いに簡単に出会うような世界になったとき、自分には理解できない考えに出会う機会もますます増えます。そういった時にそれらにいちいち本気で悲しんだり怒ったりしていては大変です。理解できなくてもよいけれど寛容に受け入れるという姿勢が大事なのかなと思います。そして自分は愛国心や同じ民族という意識から、それ以外のカテゴリーの人を無意識に傷つけたり差別するような発言をしていないか、ということにもっと敏感になる必要があると思いました。
しかしグローバル化のおかげで世界がそこまで遠いものではなくなり、簡単に広く世界が見られるようになることは本当にいいことだと思います。違いを寛容に受け入れられるようになれば、人がモノが情報が自由に動き回る多様性に溢れた世界というのは本当に魅力的なのだろうと思います。
世界共通で同じ食べ物、同じデザインの服など同じ商品を売る企業はますます増え、日本の企業も日本人だけでなく世界の人々を対象にしたものが普通になっていくのかもしれません。同じようなものを食べ、同じような服を着て、同じような商品を使い、世界中の人々と瞬時に連絡を取り合える。人がモノが情報が世界を動き回る。
世界が混ざり合っていくことはもう止められないのだと思います。そういう社会になったとき何が大切か。私は「違いに寛容になること」だと思います。
以前、自分の所属するカテゴリーを批判されると悲しいとブログに書きましたが、世界が混ざり合っていくとこういう経験がもっと身近なものになるのかもしれないと思いました。
国の違い、民族の違いに簡単に出会うような世界になったとき、自分には理解できない考えに出会う機会もますます増えます。そういった時にそれらにいちいち本気で悲しんだり怒ったりしていては大変です。理解できなくてもよいけれど寛容に受け入れるという姿勢が大事なのかなと思います。そして自分は愛国心や同じ民族という意識から、それ以外のカテゴリーの人を無意識に傷つけたり差別するような発言をしていないか、ということにもっと敏感になる必要があると思いました。
しかしグローバル化のおかげで世界がそこまで遠いものではなくなり、簡単に広く世界が見られるようになることは本当にいいことだと思います。違いを寛容に受け入れられるようになれば、人がモノが情報が自由に動き回る多様性に溢れた世界というのは本当に魅力的なのだろうと思います。
2012年7月18日水曜日
恥
初回の英語の授業は自分の名前の最初のアルファベットから始まる形容詞を使って自己紹介するという内容でした。が、私はそれを理解せず一人的外れなことを言ってしまい、「みんなの前で何かしてくれたら成績下げないであげるよ」と先生に言われ、まだ名前も知らないクラスメイト全員の前で唯一知っているタガログ語の歌を大声で歌いました。ものすごく恥ずかしかったのですが、これ以来怖いものなしというかすっかり恥に強くなりました。笑
ちょっと変な言い方ですが、恥をかくことに平気になったのは私にとってとても大きなことです。
というのも今まで人前で恥をかくことを極端に恐れ(過ぎ?)ていたなと思うのです。格好悪い、ダサい、イタいと思われたくない、笑われることは恥ずかしいと思っていたのですが、実際自分が思うほど人はそんなの気にしていない。仮に笑われたとしても一時的に恥ずかしいだけで別に失うものなんて無いんだと気づいたとき、自分がこれまで恥をかくことを恐れていたのは何のためだったんだろうと疑問に思いました。
一方で恥をかくというのは若いうちの特権だなとも思います。失うものが無いからこそ恥はかけるのかもしれません。年を重ね生き方がもっと確固なものになるにつれて自分が大事にするものや信じるものが増えていき、だんだん人前では簡単に恥をかけなくなってくるのかもしれないです。
まだ何も守るものも失うものも無いうちはこの恥をかける特権を存分に生かし、いもしない誰かの目を意識して勝手に縮こまるのはやめようと思いました。
ちょっと変な言い方ですが、恥をかくことに平気になったのは私にとってとても大きなことです。
というのも今まで人前で恥をかくことを極端に恐れ(過ぎ?)ていたなと思うのです。格好悪い、ダサい、イタいと思われたくない、笑われることは恥ずかしいと思っていたのですが、実際自分が思うほど人はそんなの気にしていない。仮に笑われたとしても一時的に恥ずかしいだけで別に失うものなんて無いんだと気づいたとき、自分がこれまで恥をかくことを恐れていたのは何のためだったんだろうと疑問に思いました。
一方で恥をかくというのは若いうちの特権だなとも思います。失うものが無いからこそ恥はかけるのかもしれません。年を重ね生き方がもっと確固なものになるにつれて自分が大事にするものや信じるものが増えていき、だんだん人前では簡単に恥をかけなくなってくるのかもしれないです。
まだ何も守るものも失うものも無いうちはこの恥をかける特権を存分に生かし、いもしない誰かの目を意識して勝手に縮こまるのはやめようと思いました。
登録:
投稿 (Atom)