私が人とコミュニケーションをとる上で一番気を付けていることがある。
人を、バカにしないことだ。
そんなこと当たり前じゃないか、と思われそうだが私がこの考えに至ったのにはフィリピンでのある経験が理由だ。
留学中、中国人留学生と天安門事件の話になった。その留学生はすごく熱心にその時どういうことが起こってそこに日本はどう関与して、ということを話した。そして私に「どう思う?」と聞いた。私は恥ずかしながら天安門事件の知識が全然なくて返す言葉が見つからなかった。だから「ごめんね、私天安門事件のこと知らなくって」と苦笑いして言った。
すると彼は私の態度にとても怒った。自分の国の歴史を一生懸命話して、そこには日本の影響も少なからずあったのだということを言ったのに、私がへらへら笑いながら「全然知らない」と言ったら自分をないがしろにされたと感じて当然だっただろう。
私自身、全然相手をバカにしようなんてつもりは無かったが、この経験以来、相手がバカにされたと感じる態度や言い方は絶対しないようにしようと反省した。
ただ、「人をバカにしない話し方をしよう」といつも気を付け始めた途端、人の言い方に過剰に敏感になってしまった自分がいる。それはまるで、「今日一日赤いものを見つけないでください」 と言われると、とたんに街中の赤いものが目についてしまう心理学の実験のように。
だから人と話をすると、ごくたまにだがどっと疲れてしまう。無意識のうちに、「ああ、こういう表現はバカにされたと感じるな」など自分の中にリストアップしていき、「よし私はこういう言い方をしないようにしよう」ということを、本来の会話を置き去りにして考えている時がある。
そういうことを考えているとき、私はおそらく会話に上の空な顔をしているだろうし、そういう態度こそ相手はバカにされてると感じるだろうな、と思うのだけど。
人とコミュニケーションをとる上で一番大切にしているもので自分をがんじがらめにしている現状はわかっているのだが、もはや意識から切り離すのは難しく本来とるべきコミュニケーションがわからなくなる時がある。
私はどこで間違ってしまったのだろう。
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