2015年6月10日水曜日

可哀想な恋愛

昨日、紺色やグレーのワンピースを全部クローゼットから取り出し、リサイクルショップへ持っていった。私に少しも似合っていなかったその服たちを、やっと手放そうと思った。

その人と会うとき、私はいつもワンピースを着ていた。男性とデートをするときはとりあえずワンピースを着ておけばいいのだ、という迷信じみた都市伝説を信じて。

不思議なことに、その人から「こういう格好をして」と言われたわけではないのに、私は地味なワンピースこそが、その人と会う時の正解の服なのだ、と思い込んで少しも疑わなかった。おとなしく従順そうな服を着て後ろをついていけば、それでいいのだ。本気でそう思っていた。

どちらからともなく音信不通になり、半年以上たったある日、私はその人のツイッターのアカウントを偶然発見した。それは本当に偶然としかいいようがなく、突然現れた見覚えのあるニックネームに、とてもうろたえた。見てはいけないと思いながらも、震える指はどんどん過去のツイートを遡っていった。

そこには、私が知らなかった相手の日常生活が並んでいた。たくさんのつぶやきの中に、私の存在は1ミリも無かった。悲しみと同時になんだか少し、ほっとしてしまった。なんだ、あなたも私を見ていなかったじゃない、と思った。

もうずっと時間がたった今、お互いに恋心も愛情も思いやりもなかったという事実と、そのことの残酷さに、時々ふと涙が出そうになってしまう。その時の私は、きっと、相手にきちんと向き合っておらず、ただ「付き合っている人がいる私」「一人で寂しくない私」になりたかっただけだった。そして、相手もまた同じ気持ちだったのではないか、と思う。

ワンピースを着てその人の後ろをくっついていれば、今の自分とは違う別の自分になれるのかもしれない。そう思って思考停止していたあの時。それはとてつもなく楽で、だけどいつも虚しかった。そして、これから出会う相手には、精一杯の愛情を注ぎたいと思った。

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