2018年6月29日金曜日

勉強しんどい

・勉強していて、ああこれはこういうことだったんだーとか理解が深まる瞬間がある度に、どうしてもっと早く真面目に勉強を始めなかったんだろうと、ただただ後悔する。

・ドトールの冷房が効きすぎており、鼻水が止まらない。寒さで追い出す作戦か。

・さて今日はなに味のカップラーメンにしようかなー

2018年6月28日木曜日

話の熱量

指原莉乃と松岡茉優がモーニング娘について語りまくる15分程度のYouTubeの動画を、毎日寝る前に見ている。文字通り語りまくっている。二人とも早口で情報量がすごい。好きなものについてものすごい熱量で話す人を、見ているのは楽しい。

そういえば私が高校生の時、部活の友達と後輩に、吉本新喜劇を見に行ったことを熱く語ったことがあった。

具体的には、若手芸人によるパンツリレーというのが泣くほど面白くて、それは、若手芸人が2チームに分かれ、郷ひろみの二億四千万の瞳に合わせて、巨大なスボンを履いて、脱いで、リレーするその速さを競うのだけど、私はそれがどれほど異常に面白かったのか、必死でみんなに伝えようとしていた。
身振り手振り見たままを再現しようと必死にしゃべった。

だけどみんなふーん、という感じで、伝わっていない。話せば話すほど空回り、という感じだった。

高校を卒業するとき、部活の後輩である一人からの寄せ書きに、「パンツリレーについて熱く語る先輩の姿が思い出に残ってます」とだけ、書かれていた。
ずっと一緒にフェンシングしといて、それが思い出かよ、と思った。

指原莉乃と松岡茉優の動画を見て、後輩はこんな気分だったんだと、ちょっと理解した。

2018年6月27日水曜日

行き詰まっている

40代半ばぐらいで、もう十分地位もあるような方が、自分の専門性を活かして新しい道へ進まれるのを目の当たりにすると、たかだか20代で、毎日会社に通って、日々こなすように仕事をする自分を考え直したくなる。

この間やけにリアルな夢を見た。
私は夜間の専門学校の入学式に出席していた。
会社に行きながら、建築専門学校に入学することにしたらしい。

入学式に出席しながら、私は内心ふてくされていた。
会社に通いながらしか勉強できなかったから、この程度の学校にしか入学できなかったのだ、と思った。
会社を辞めて受験勉強に集中していたら、大学院に入れたのに、研究ができたのに、修論が書けたのに、と夢の中でずっと後悔していた。
目覚めてから、今の自分はとても行き詰まっているんだな、と思った。

仕事も勉強も中途半端。なのに毎日疲れていて、食事を作る元気もない。
カップラーメンをすすりながら、思い通りにいかない毎日に、どうしたものかとただただ焦っている。

どうか、はつらつとやる気に溢れた自分になれますように、と私は誰に祈れば良いのか。

2018年6月26日火曜日

結婚したこと

桜が散り始めた頃、結婚した。

姓が変わったこと以外は特に変わらず生活している。
夫はあちこちに移動する仕事のため、結婚したからといって一緒にいる時間が増えるわけではない。
だけどやっぱり結婚して良かった。夫には、私と結婚することを決めてくれて、感謝している。

一番は、お互いの緊急連絡先になれることだ。
夫の仕事を私はとても尊敬しているが、時々、彼が命を削って働いているのではないかと思ってしまう。外国にいるのは、生活するだけで結構ストレスだ。

私が卒業設計の調査で2か月フィリピンに滞在したとき、現地では午前中しか活動しなかった。午前中の数時間が精一杯で、午後は調査のまとめを作るという口実で、実際は部屋でダラダラしていた。
知らない場所を歩き、知らない人にインタビューし続ける、というのは想像以上に自分を消耗した。
2か月という短期間でも、帰国するときはほっとした。帰国してからは発熱して、一週間寝込んだ。

学生の調査でもそうなのだから、責任が問われる仕事を外国でこなすとはどのような気分なのだろう。

私は夫の仕事を尊敬している。私も同じ仕事をしたいと思っている。
でも時々、夫に対して、そんなに頑張らないで、と思う。
もし彼に何かあれば、家族として出ていってやるんだから、と内心思っている。

夫にはこれからも世界でのびのびと戦ってほしいし、私も負けていられないと思う。

どうかお互いがお互いの目指す方向で、それぞれ成功しますように。

なお今一番の心配は、夫が出張中の連日連夜の宴席のせいで、帰国するたびに太っていくことだ。
高カロリーな食事とビールはどうか控えてくださいね。

2017年11月26日日曜日

相手の好きなところ

男の目には糸を引け、という言葉を知ったとき彼のことを言っているのかと思った。彼は目が細く、感情の上下が表情に出にくい。つまり情緒が安定して見える。

彼は仕事で自分よりも年上の人たちの調整役をするらしいが、多分すごく彼の安定さは役に立っているのだろうなと思う。

私の目は細くない。だから色んなものが目に表れてしまう。嬉しさも、驚きも、悲しみも、疲労も。表情がわかりやすいと人に言われることは、大人になるとあまり良くないことだと思うようになった。

彼の仕事を、私は敬意と少しの羨ましさを込めて、遠洋漁業の漁師と呼ぶ。数か月海外に漁に出て、少しの間日本に戻ってきて、また次の漁へ出る漁師のような職業だ、と。そして私も同じ仕事に就きたかった。

もうすぐ彼が漁から帰ってくる。私は浜辺で待っている。

2017年11月25日土曜日

11月25日 晴天

引っ越しの段ボールがやっとすべて片付いた。
心から楽しみにしていた引っ越しだったが、引っ越しに関わる色んな作業を一人で進めていると気づけば口元に吹き出物がいっぱい現れ、ああ身体は疲れているんだなと思った。

だけど新しい部屋は想像以上に快適で、生活の質が上がるとはこういうことかと実感している。一番嬉しいのは、部屋の窓から遠くにスカイツリーが見えることだ。流れ星のようなスカイツリーのライティングは、永遠にぼーっと見ていられる。
スカイツリーはもはや、大自然だと思う。

2017年9月23日土曜日

身体が疲れるようになった

9日間の入院を経て、会社に行くようになった。

起きた変化はというと、以前よりも身体がどっと疲れるようになった。退院直後は周囲の気遣いもあり、17時を過ぎるとすぐに帰らしてもらった。ただ段々身体を慣らしているつもりでも、残業は19時までが限界になっている。頭が働かなくなってしまう。

帰り道のコンビニで晩御飯を買い、家に帰ってレンジで温めて食べ、そのままぐったりベッドに横になったまま気づくと眠っている。翌日も気分が晴れないまま目覚める。入院前に比べると、体力が全く無くなってしまったように感じる。

高校生の時にも、同じようなことがあった。
高校1年生、15歳の私は、部活で毎日ランニングをしていた。長距離を走るのは得意な方だった。だからランニングでは集団の先頭にいることが多かった。
高校に入学して半年たった秋に、アメリカにホームステイした。1か月、現地の高校に通い、現地の食事を食べる。運動は全くしなかったが、1か月だけなのだから何も変わらないと思っていた。

帰国して、また部活でランニングして、愕然とした。すぐに疲れ、身体は重く、足は進まない。私はのろのろと最後尾を走ることとなった。それでも自分は必死だった。結局私は高3で部活を引退するまで、ランニングは最後尾だった。最後まで、元の速さを取り戻せなかった。

体力とは、下っていくエスカレーターに乗り続けているようなものだ。そう言ったのは弟が入団していた野球チームの監督らしいが、その通りだと思う。鍛え続けていれば、現状をキープできる。何もしなければ、ずるずる下がっていく。また鍛え始めても、前と同じトレーニングでは、下がった位置をキープし続けるのとは変わらない。前の位置を取り戻すには、前の何倍ものトレーニングをしなければいけないのだ。

体力だけでなく、最近、できなくなる自分に直面する機会が何度かある。身体の柔軟性も、ピアノ、勉強の集中力も、長い文章を書くことも。自分はできたはずなのに、という記憶だけがむなしい。

来年の2月が来ると27歳になる。まだまだ若さの盛りであると思う。だけどもう、何でもできるわけではない。できなくなっていくことは、確実に増えていく。

だからこそ自分が人生の中でどうしてもやりたいこと、やらなければいけないことは慎重に選び取っていかなければいけないのだと思う。