2012年7月30日月曜日

夏の思い出

保育園の夏祭りで着せてもらった浴衣の青と緑が混ざったような色が綺麗だった。金魚の尾みたいな真っ赤な兵児帯もお気に入りだったな。

小学生の頃、初めて子ども用じゃないプールに入って想像以上に深くて溺れそうになって監視員のおじさんに助けてもらった。
6年生のとき、社会の自由研究でみんなは歴史上の出来事について調べていたのに、一人
ジャズ音楽の歴史を調べて提出したなあ。これが大学でジャズ研に入る最初のきっかけ..?

中学生のときは水泳部が楽しかった。全然速くなかったけど、いつも魚になったみたいな気分だった。剣道部や野球部が汗を流しながら練習しているのを見ながら、水泳は夏にぴったりのスポーツだなーなんて当たり前のことを思っていた。

高校の夏は、部活の帰り道に食べるガリガリ君が美味しかった。午前練が終わって、じりじりした日差しの中、重たいエナメルかばんを持ってたらたら歩きながらおしゃべりする帰り道が楽しかったな。
琵琶湖の花火大会ではこっちに降りかかってきそうな迫力の花火に感動したなあ。


夏は、思い出すだけでなんだか切ない。きっと終わりがある夏だから心に残っているのかも。
フィリピンは毎日、夏。終わりのない夏。それはそれで良いのだけれど。

2012年7月27日金曜日

グローバル

グローバル化について思うことを書きます。

世界共通で同じ食べ物、同じデザインの服など同じ商品を売る企業はますます増え、日本の企業も日本人だけでなく世界の人々を対象にしたものが普通になっていくのかもしれません。同じようなものを食べ、同じような服を着て、同じような商品を使い、世界中の人々と瞬時に連絡を取り合える。人がモノが情報が世界を動き回る。
世界が混ざり合っていくことはもう止められないのだと思います。そういう社会になったとき何が大切か。私は「違いに寛容になること」だと思います。
以前、自分の所属するカテゴリーを批判されると悲しいとブログに書きましたが、世界が混ざり合っていくとこういう経験がもっと身近なものになるのかもしれないと思いました。
国の違い、民族の違いに簡単に出会うような世界になったとき、自分には理解できない考えに出会う機会もますます増えます。そういった時にそれらにいちいち本気で悲しんだり怒ったりしていては大変です。理解できなくてもよいけれど寛容に受け入れるという姿勢が大事なのかなと思います。そして自分は愛国心や同じ民族という意識から、それ以外のカテゴリーの人を無意識に傷つけたり差別するような発言をしていないか、ということにもっと敏感になる必要があると思いました。

しかしグローバル化のおかげで世界がそこまで遠いものではなくなり、簡単に広く世界が見られるようになることは本当にいいことだと思います。違いを寛容に受け入れられるようになれば、人がモノが情報が自由に動き回る多様性に溢れた世界というのは本当に魅力的なのだろうと思います。

2012年7月18日水曜日

初回の英語の授業は自分の名前の最初のアルファベットから始まる形容詞を使って自己紹介するという内容でした。が、私はそれを理解せず一人的外れなことを言ってしまい、「みんなの前で何かしてくれたら成績下げないであげるよ」と先生に言われ、まだ名前も知らないクラスメイト全員の前で唯一知っているタガログ語の歌を大声で歌いました。ものすごく恥ずかしかったのですが、これ以来怖いものなしというかすっかり恥に強くなりました。笑

ちょっと変な言い方ですが、恥をかくことに平気になったのは私にとってとても大きなことです。
というのも今まで人前で恥をかくことを極端に恐れ(過ぎ?)ていたなと思うのです。格好悪い、ダサい、イタいと思われたくない、笑われることは恥ずかしいと思っていたのですが、実際自分が思うほど人はそんなの気にしていない。仮に笑われたとしても一時的に恥ずかしいだけで別に失うものなんて無いんだと気づいたとき、自分がこれまで恥をかくことを恐れていたのは何のためだったんだろうと疑問に思いました。

一方で恥をかくというのは若いうちの特権だなとも思います。失うものが無いからこそ恥はかけるのかもしれません。年を重ね生き方がもっと確固なものになるにつれて自分が大事にするものや信じるものが増えていき、だんだん人前では簡単に恥をかけなくなってくるのかもしれないです。

まだ何も守るものも失うものも無いうちはこの恥をかける特権を存分に生かし、いもしない誰かの目を意識して勝手に縮こまるのはやめようと思いました。

泣く

2週間ぶりの更新となってしまいました。
寮のWi-Fiの調子が悪かったのと、ホームシックではないのですがここ数日、誰とも話したくない部屋から一歩も出たくないという無気力状態になりすっかり気が滅入っていました。もちろん大学には行っていましたが授業が終わると即、寮に戻り部屋にこもっているというような状態でした。
今はもう元気になったのですが、その無気力状態の時に何をしていたかというと部屋にこもって悲しげな音楽を聴きながら一人泣いていました。笑(ちなみに聴いていたのはDear Blueというギターの曲です。)こう書くとすごく暗く落ち込んでいるように思えますが、実際20分ほど泣いたあとは気分がすっきりしてなぜかお腹が減り、寮の食堂でご飯を食べたらいつの間にか元気になっていました。

何事もバランスが大事とはよく言われますが、感情も同じだなという気がします。人とのコミュニケーションで笑顔でいることは大事ですが、笑ってばかりだときっと良くない、というかそんなの無理です。感情のバランスをとるためには怒りや悲しみを感じることも、それは人に見せなくても日常生活において結構重要なことなんじゃないかと思います。

2012年7月4日水曜日

勉強

新しい寮に引っ越してから3週間経ちました。住んでいるのはほぼ大学生なのですが、みんな相当勉強していることに驚きました。大学が終わる17時から22時頃までは机のある共用スペースが埋まり、時には階段のところでレポートを書いていたり床に座って教科書を読んでいる学生の姿も見かけます。

その中の一人、6月に入学したばかりの女の子と話しました。彼女は家が農家で3姉妹の長女。自分の家は貧しいのだと言っていました。
すごく勉強熱心だねと言うと、人生で最も優先されるのは勉強でその次が神キリストなんだと言われました。彼女にとっては勉強こそ貧しい家庭から抜け出す唯一の方法なのだそうです。

なんだかいろいろ考えさせられる言葉でした。私は「勉強は今と違う生活を手に入れるための手段」と考えたことは一度もなく、彼女とあまりにも大きな差を感じました。

私はなんのために勉強しているのか。勉強した先にはなにがあるのか。
もう一度自分に問い直したいと思います。