2014年2月19日水曜日

それでも生きます

お正月に映画かぐや姫を見た。

女性として成長するにつれてかぐや姫は男性から見た目で価値をつけられることに苦しむ。野山を楽しく駆けまわっていた頃にもう戻れないことを悲しむ。そして帝との逃れられない結婚から本当に逃げるため、かぐや姫は月に帰ることを選ぶ。月の世界は虚無の世界。それは死後の世界を意味する。
月へ帰る直前、つまり死ぬ直前にかぐや姫は一瞬、涙を流し生への後悔を見せる。しかし、次の瞬間には地球での記憶を全て失ってしまう。

人間は生きていれば、苦しみがつきまとうのだろう。あのときああしていれば、また別の生き方があったかもしれないという後悔とずっと隣り合わせなのだろう。
けれど、死んでしまって何も感じなくなることに比べれば、その苦しみ、後悔を感じることさえもずっと価値があることなのだ。だから否応なくやってくる死までは、人はみな生きなければならないのだ、というメッセージだと思った。

「嫉妬」を感じることもまた生きている証。そう自分に言い聞かせよう。
死んでしまえばそんな感情すら味わうことはできなくなるのだから。

2014年2月18日火曜日

身体と精神の浄化

嫉妬とか一番嫌いな感情なのだけど、自分で制御できない。苦しい。

体全体が空っぽになったような強烈な空腹を感じ、冷蔵庫の中の全ての野菜を取り出した。
まな板の上で、ざくざく切る。キャベツを、白菜を、ほうれん草を。
大量の野菜を片っ端から鍋に突っ込み、蒸し野菜にしていく。

塩だけをかけてひたすら食べた。
どんよりとした私の身体の中で、新鮮な野菜たちが、美しい血液となり肉となり、細胞一つひとつまでみずみずしく作り変えてくれることを願った。そして、怠惰な私の性根を、はつらつと元気に満ち溢れたものに生まれ変わらせてくれることを祈った。

大量の蒸し野菜は砂の味がした。私は自分をバカだと思った。

心が落ち着かない

「おめでとう、本当すごいね。尊敬しちゃう。全国ネットのアナウンサーだなんて。」

「いやいや、運が良かっただけだよ。これからが大変だし。」

言葉では祝福しながらも心の中は苦しくて仕方なかった。
私はアナウンサーになりたいわけではないし、それ以前にアナウンサーとしての素質もないから絶対になれない。私は、彼女が明確な目標を持って誰にも見せずに努力していたこと、そしてその間、私は何もしてこなかったことを突き付けられて愕然としたのだ。

私は何も知らなかった。彼女が大学に入った時からアナウンサーという目標に向かって、話し方の訓練を積み、考えを言語化する能力を磨いていたことを。
そして努力は実を結び、2000倍という途方もない競争率からただ一人選ばれた。

一緒に遊んでいた友人が、気づけばずっと遠い所にいた。彼女は自分の人生を自分で切り開いていった。

一方の私はどうか。ぼんやりした目標しか持たず、それに向かってなにも努力をしていない。
心の底から猛烈に悔しさがこみ上げた。

こんな感情は久しぶりだった。

2014年2月16日日曜日

銀婚式

私の両親、幼馴染のご両親がともに1月で結婚25周年だったので一緒にお祝いをした。

25年。長いなあ。
私の両親、そんなラブラブ夫婦っていうかんじではないけど、一緒にロードバイク乗ったり同じ趣味を楽しんでいていいなあと思う。

何年経っても、私と一緒に仏像と邪鬼、見に行ってくれるオットがいたらいいのだけれど。

2014年2月9日日曜日

本当に美味しい日本酒

ずーっと飲みたかった獺祭!
友達が100人以上の行列に並んで手に入れてくれた。

グラスに注いだ瞬間から香り立つ匂い。
フルーティーでふわっと甘く、のどがじんわりと温かくなる。
一緒にお刺身を食べると、また魚の脂が口中に広がる。

安物の日本酒特有の喉がカッと熱くなる感じが一切なく、すいすい飲めて指先まで全身があたたかくなった。酔いがふわふわと気持ちよかった。

酔いが残ったまま眠り翌朝いつもだったら頭がどんより重くなるけれど、良いお酒だからか全身に熱が帯びた感じすら心地よかった。

美味しいものって生きる喜びだと思う。大げさではなく。

2014年2月6日木曜日

春のおでかけ

朝7時に目が覚める。食パンを焼いてスクランブルエッグをフライパンで作る。牛乳を温めて、キャベツは細かく切ってサラダに。

朝ごはんを食べた後、着替える。
白地に青のボーダーの七分丈Tシャツ、薄いピンク色のジーンズ。コットンパールのピアスを着ける。

薄くメイクをして、ブラウンの四角くかっちりした斜め掛けバッグを持つ。毎日身に着けている紺色の腕時計を左手首に巻いて、カメラを持って、白いコンバースを履く。

朝9時に家を出る。青春18きっぷを使って、ゆっくりゆっくり3,4時間かけて駅弁なんか食べながら静岡県の小和田駅へ。電車を降りて、無人駅にひっそり立ってみる。あたりを少し散歩して線路の写真なんかを撮ったりして、それでも誰とも人と出会わなくて世界に自分一人しかいないような気分になる。無人の世界に満足して少し寂しくなってきた頃、下りの電車が来て、乗り込む。

地元が近づいてきて見慣れた景色にほっとする。家に帰って、手早くインスタントのラーメンを作って食べながら、撮った写真をパソコンで眺める。

ああ、いい休日だったと思いながら、シャワーを浴びて髪を乾かして眠りにつく。

早く暖かくなったらこんな休日を過ごしたい。
白地に青のボーダーの七分丈Tシャツ、薄いピンク色のジーンズとか白のコンバースなんて持ってないのだけれども。

かつては高校生

バスに乗っていると、かつて通っていた高校のそばを通った。見覚えのある制服を着た高校生たちが通学している。その姿を見ると、同じ制服を着た当時の自分の姿がありありと思い出されてきた。

それまで自分の高校時代なんて思い出そうとしても思い出せないほど遠い昔のことだった。けれど記憶は遡り始める。

エナメルと呼んでいたスポーツバッグに部活のユニフォームと教科書、お弁当、1,5リットルの水筒をどさっと入れていたこと。いつも右肩に担いでいたそのスポーツバッグの重み。化粧っ気なく、ショートカットの髪をボサボサにして遅刻ギリギリに走っているあか抜けない高校生。それが私だった。

記憶はずるずると当時の感情まで引っ張り出してくる。

部活の友達と泣きながらお互い思っていることを言い合ったこと。ひそかに好きだった相手と廊下ですれ違うたびに心臓が飛び出るかと思うほどドキドキしたこと。
ちょっとしたことですぐ泣いて悩んでどきどきして、大人と子どもの中間だった高校時代はとにかく毎日感情のふり幅が大きかった。

今はもう泣かずに穏便に相手に言いたいことを伝える方法を知っている。ドキドキする気持ちを顔に出さずしれっと隠す方法も知っている。そうやって一つひとつ学んでいくことは気持ちを穏やかに、生きることを楽にしてくれると思う。

けれど高校生の自分を思い出して、あのころのようなひりひりした気持ちをもう一度味わいたいと思った。そしてそんなものはとうの昔に失ってしまったことに気づいて、悲しかった。