夜、私は高校生の時に通っていた塾で、薄汚れたパソコンを必死で見つめていた。大学受験がもうすぐなのに、どこの大学を受けるのかも決まっていなかったからだ。
すでにどこの大学も入試は終わっていて、後期日程しか残されていなかった。後期日程で受験できそうな地方の国立大学、なぜか徳島大学とか愛媛大学とか四国の大学ばかりを検索して、はーもし受かってもここで独り暮らしをするのは嫌だな、と思った。
その時ふと、私はすでに大学を卒業して(しかも6年もかけて)いたことを思い出した。そして、今は会社員をやっていて、給料をもらって一応生活しているではないか、と気づいた。
私は次、何をしなければいけないんだっけ。
何の試験を受けなければいけないんだっけ。
今の会社に入る入社試験が最後の試験だったんだろうか。
そして、これからの試験は誰も用意してくれていないのだと気づいて、目が覚めた。
2016年10月25日火曜日
2016年9月16日金曜日
今さら夏休み
お酒に酔ってふわふわと心地よかったのが、だんだん頭痛に変わっていき、ああこんなことなら1杯だけにしておけばよかったと後悔する。
遅い夏休みをとったはいいものの、色々頼まれたことをやり残したままで、こんな状態で休んでいいのだろうかと不安になる。
私がいなくても当たり前に会社は進んでいくのだろうけど、「頼んだこと中途半端にほったらかしたなー」と思われたらいややなー。
遅めの夏休みは、どこか遠くに行きたい。東京から遠く遠く離れたい。
ぼんやり、人の少ない海を眺めたい。
遅い夏休みをとったはいいものの、色々頼まれたことをやり残したままで、こんな状態で休んでいいのだろうかと不安になる。
私がいなくても当たり前に会社は進んでいくのだろうけど、「頼んだこと中途半端にほったらかしたなー」と思われたらいややなー。
遅めの夏休みは、どこか遠くに行きたい。東京から遠く遠く離れたい。
ぼんやり、人の少ない海を眺めたい。
2016年9月10日土曜日
新幹線が好き
東京から新幹線に乗る瞬間が好きだ。
家族へのお土産にバームクーヘンを買って、適当なちくわと、じゃがりこと、ペットボトルのジュースを買って、乗り込む瞬間が好きだ。ああ、家に帰れるという安心感でひたひたと満たされるような気がする。
新幹線に乗り込んで、ふと外に目をやると、ホームで30代ぐらいの男性がひらひらと大きな動作の手話で誰かと話している。話相手は、新幹線の中にいた。30代ぐらいの、女性だった。夫婦だろうか。出発直前、新幹線の密閉された窓などものともせず、手だけでおしゃべりできる二人を、少し羨ましいと思った。
発車ベルが鳴る。見送られる人も、見送られない私も、みんなどこかへ向かって超高速で移動する。さよなら!
2016年9月4日日曜日
結局いい休日
プールに行った。久しぶりに行く市民プールはいつもより人が多くて、自分のペースで泳げなくて、ゆるゆる適当に泳いだ。
私のアパートから市民プールに行く途中、同じ形の白い建物がいくつも並んだ団地の間を通る。そういえば、大学の時一人暮らしをしていたアパートの近くにも、同じような団地が並んでいた。
ちょうど去年の今頃、卒業設計について真剣に考えなければいけないのだけど全然何も考えられなくて、私は毎日異常に早起きをしていた。
毎朝5時に起きて、スウェットのまま団地があるところまで歩いて行く。そして、団地の隙間にある小さな公園で、一人でラジオ体操もどきみたいなストレッチをしていた。
やがて朝日が昇り、通勤や通学の人がぽつりぽつりと歩いていくのを見ていると、眠っている社会が動き出す瞬間に立ち会っているようで、気分がよかった。
卒業設計のことを考えていると1人孤独に沼に落ちていくような気分になったので、朝が苦手な自分が早起きをしている、という事実だけが、唯一自分を支えていたのかもしれない。
心地よく疲れたプールの帰りに、秋らしい色の小さい花束を買った。家に帰って花を瓶に飾り、お風呂に入りながら本を読んだ。
お風呂から上がって、水餃子のお鍋を作り、お刺身を食べた。お腹いっぱいになった後、ベランダでキャンプ用に椅子に座り、鈴虫の声を聞きながらノンアルコールのチューハイを飲んだ。
なんていい日曜日だったんだろう、と思った。
明日から会社で、またきっと色々失敗するんだろうし、怒られたり、あきれられたりするんだろう。だけど、命はしぶといもので、だめだだめだと思っても、こうやって健康に生かしてくれているではないか。
去年の今頃もずっと、もうだめだと思い続けていた。
お気に入りのピアスをつけて、好きな服を着て、綺麗な靴を履いて、会社に行こう。生きるために、お金を稼ごう。
私のアパートから市民プールに行く途中、同じ形の白い建物がいくつも並んだ団地の間を通る。そういえば、大学の時一人暮らしをしていたアパートの近くにも、同じような団地が並んでいた。
ちょうど去年の今頃、卒業設計について真剣に考えなければいけないのだけど全然何も考えられなくて、私は毎日異常に早起きをしていた。
毎朝5時に起きて、スウェットのまま団地があるところまで歩いて行く。そして、団地の隙間にある小さな公園で、一人でラジオ体操もどきみたいなストレッチをしていた。
やがて朝日が昇り、通勤や通学の人がぽつりぽつりと歩いていくのを見ていると、眠っている社会が動き出す瞬間に立ち会っているようで、気分がよかった。
卒業設計のことを考えていると1人孤独に沼に落ちていくような気分になったので、朝が苦手な自分が早起きをしている、という事実だけが、唯一自分を支えていたのかもしれない。
心地よく疲れたプールの帰りに、秋らしい色の小さい花束を買った。家に帰って花を瓶に飾り、お風呂に入りながら本を読んだ。
お風呂から上がって、水餃子のお鍋を作り、お刺身を食べた。お腹いっぱいになった後、ベランダでキャンプ用に椅子に座り、鈴虫の声を聞きながらノンアルコールのチューハイを飲んだ。
なんていい日曜日だったんだろう、と思った。
明日から会社で、またきっと色々失敗するんだろうし、怒られたり、あきれられたりするんだろう。だけど、命はしぶといもので、だめだだめだと思っても、こうやって健康に生かしてくれているではないか。
去年の今頃もずっと、もうだめだと思い続けていた。
お気に入りのピアスをつけて、好きな服を着て、綺麗な靴を履いて、会社に行こう。生きるために、お金を稼ごう。
休日をどうやって過ごすか
会社に行く毎日、好きなデザインのピアスをつけて、好きな服を着て、綺麗な靴を履くのが自分を機嫌よくする方法なのだとわかって、そうするようにしている。
だけど一日の終わりには、全てを搾り取られたようにフラフラになって、金曜日なんていつも倒れ込んでお風呂にも入らず寝てしまう。
会社で働くことは、とても疲れることだった。
毎日22時を過ぎると疲れと空腹で、世界の全員が憎いような感覚に襲われるし、そういう時、帰りの電車の中の私は虚ろでとっても変な顔をしていると思う。
私は、能力がないじゃないか、役に立たないじゃないかと思われることを一番怖がっている。能力がないにも関わらず、だ。
入社して5カ月で、能力がないのは当たり前なのだけどその分勉強したり、という風に時間を使っていない。通信教育は、安くはないお金を払ったにも関わらず結局一度も提出できなかった。
もうすぐ貴重な休日が終わる。どうしようもないけど、これが今の自分なのだ、
プールに行ってぐったり疲れるほど泳いでこようと思う。
だけど一日の終わりには、全てを搾り取られたようにフラフラになって、金曜日なんていつも倒れ込んでお風呂にも入らず寝てしまう。
会社で働くことは、とても疲れることだった。
毎日22時を過ぎると疲れと空腹で、世界の全員が憎いような感覚に襲われるし、そういう時、帰りの電車の中の私は虚ろでとっても変な顔をしていると思う。
私は、能力がないじゃないか、役に立たないじゃないかと思われることを一番怖がっている。能力がないにも関わらず、だ。
入社して5カ月で、能力がないのは当たり前なのだけどその分勉強したり、という風に時間を使っていない。通信教育は、安くはないお金を払ったにも関わらず結局一度も提出できなかった。
もうすぐ貴重な休日が終わる。どうしようもないけど、これが今の自分なのだ、
プールに行ってぐったり疲れるほど泳いでこようと思う。
2016年8月26日金曜日
夏の初めの山口旅行
空を見上げて、ゆらゆらと海面に浮くのが、とても好きだ。
中原中也記念館。滋賀にいたとき、「ぽっかり月がでましたら、」から始まる詩を、琵琶湖のそばを歩きながらよく思い出した。
秋芳洞。水がエメラルド色で、なにがどうなってこんな綺麗な色になるんだろう。
水でひたひたの百枚皿。涼しくて、水のさらさらとした音が気持ちよかった。
秋吉台。雲の影がみどりに映っていた。
大自然を前にすると、跳ねたくなる。
1日1本しか走らないSLやまぐち号に、奇跡的にタイミングが合って乗れた。耳をつんざくような汽笛の音と、黒い煙に気分が高まる。
その後、新岩国駅に行った。きゅっと心が寂しくなるような、無人駅だった。
電車からは、この景色。
最終日は錦帯橋へ。
水がすけすけ。
構造体の美しさにほれぼれする。
川の水は冷たくて、足をつけるとすぐにじんじんした。
緑を抜けて、岩国城へ。
ぴょーんと飛んでいきたくなるいい眺め。
岩国錦帯橋空港から帰路についた。
さて、次の旅行に向けて、またはたらこ。
2016年8月11日木曜日
綺麗なもの
虹色風鈴が届いた。
締め切ったエアコンの部屋ではなかなか音は鳴らないけれど、見てるだけでも涼やかだ。
そんな大した仕事はできないのだけど、毎日会社に行く生活を続けていると感受性がカスカスになっていくような気がする。
お腹は壊し、肌は荒れ、休日には発熱し、心の疲れはそのまま体の不調へと直結する。私こんなに弱かっただろうか、と思うほど次々体のどこかが悪くなる。
お花を買ったり、美しい風鈴を部屋に飾りたくなるのは、損なわれていくものを取り戻したいからなのかもしれない。
あれほど好きだった文章を書くのも、なんだか考える体力が無くなってしまった。生活に疲れた、つまらない人間になってしまったのだろうか。
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