2016年11月15日火曜日

生き延びたい

遠い親戚の通夜に参列した。
故人が好きだったのか、サザンの音楽が鳴っていた。

誰もが重々しい表情をした会場で、「今何時?」と歌う桑田佳祐の声。

私の通夜があるなら、ジョージウィンストンのピアノをかけてほしい。短調の、悲しい音楽がいい。

通夜の会場で僧侶の読経を聞きながら、高校生のとき初めて買った自己啓発本に書かれていた言葉を思い出した。

「あなたが死ぬとき、何人が泣いてくれますか?」

アメリカ人の弁護士でコンサルタントという人が書いたよくある内容の薄い自己啓発本だったと思う。泣いてくれる人がいるように生きよう、みたいなことが書かれていた。

私はぼんやり、あの人とあの人は泣いてくれるかなあ、といつか来る自分の葬儀を想像した。そしてその思考の傲慢さにぎょっとした。

泣いても、泣かなくてもいいじゃないか。

堀江貴文は、毎日今日死ぬと思って生きているらしい。死を意識するとパフォーマンスが向上する、と彼の本に書いてあった気がする。

私は明日も明後日もしぶとく生きたい。毎日の60点、いや30点でいいからずるずる長生きしたい。

そして死ぬ瞬間、「よくここまで生き延びた」と自分にちょっとだけオッケーを出して、ひっそり世界からいなくなりたい。

そのとき誰から泣こうが笑おうが、そんなのわからない。でも、悲しんでくれる人がいると、やっぱりちょっと嬉しいと思うだろうか。

2016年11月14日月曜日

祖母の見舞い

実家に帰り、祖母の見舞いに行った。
前に会ったときよりも、身体がきゅっと小さくなったように感じた。

口元の産毛をそってあげた。ついでに、眉毛も整えた。
祖母の肌はフワフワと柔らかく、25歳の私の肌よりもずっと綺麗だ。私の肌は、今でもストレスや食生活のせいで吹き出物が現れる。

祖母に、会社の愚痴を言った。
「世の中しょうもない人もたくさんいるけど、気にしすぎたらあかんで」と言われる。

また来月来るね、と言って病院を後にした。

顔剃りを喜んでくれたのでお化粧もしてあげたいけど、化粧は落とすのが大変かもしれない。
次に見舞いに行くときはマニキュアを塗ってあげよう。
コテを持って行って髪を整えてあげよう。
綺麗にすると、元気が出るよね?どうか祖母もそうであってほしい。
孫はこれくらいしか、出来ることがない。

老いていく姿を見るのはつらい。だけど命は有限なのだと知る。
生きている間は楽しいことで自分の人生を満たそう、と思った。しょうもないことに囚われている場合じゃないのだ。

2016年11月6日日曜日

どんな家に住みたいか

独身の女性たちと、マンションをめぐるお話の「プリンセスメゾン」という漫画がとてもよかった。
自分の家のことを、考えようと思った。

今、自分が生活している社員寮のマンションに特に不満はない。
けれど、6畳のワンルームはたまにとても狭く感じて、服も、本も、買って増えるにしたがって、定期的に今持っているものを手放さなければいけない。そういうとき、部屋に支配されているなあと思う。

建築学科に在籍していたのにも関わらず、自分はどんな部屋に住みたいのか考えてみても、うまく想像できない。お風呂に窓があって、ベランダはハンモックを置ける広さが欲しい。理想の家を考えるとき、なぜか、マンションを前提としてしまう。土地を買って、自分の家を建てる未来はきっと来ないだろうと思う。

フィリピンにいたとき、窓ガラスのない部屋に住んでいた。窓は格子だけだった。4階だったので、虫は入ってこなかった。自分で決めたそのアパートの家賃は、毎月2000円だった。

たまに、そのときの生活を思い出す。今、狭い部屋だけど都心にもほどほどに近く、オートロックもついている家に住まわせてもらっていると、自分がとても分不相応な生活をしている気持ちになる。

記憶のなかにいる、窓ガラスのない部屋にいた私は、とても強くて勇敢だった。別人のような幻影を、時々思い出してしがみつきたくなる。その瞬間だけ、弱い自分がいなくなる気がする。

週末に、私は、家じゅうをピカピカにする。キッチンも、トイレも、お風呂も。部屋に落ちたほこりも念入りに取り除く。それは家を大事にしているからではなく、単に、休日にやることがないからだ。

2016年10月25日火曜日

昨日見た夢

夜、私は高校生の時に通っていた塾で、薄汚れたパソコンを必死で見つめていた。大学受験がもうすぐなのに、どこの大学を受けるのかも決まっていなかったからだ。

すでにどこの大学も入試は終わっていて、後期日程しか残されていなかった。後期日程で受験できそうな地方の国立大学、なぜか徳島大学とか愛媛大学とか四国の大学ばかりを検索して、はーもし受かってもここで独り暮らしをするのは嫌だな、と思った。

その時ふと、私はすでに大学を卒業して(しかも6年もかけて)いたことを思い出した。そして、今は会社員をやっていて、給料をもらって一応生活しているではないか、と気づいた。

私は次、何をしなければいけないんだっけ。
何の試験を受けなければいけないんだっけ。
今の会社に入る入社試験が最後の試験だったんだろうか。

そして、これからの試験は誰も用意してくれていないのだと気づいて、目が覚めた。

2016年9月16日金曜日

今さら夏休み

お酒に酔ってふわふわと心地よかったのが、だんだん頭痛に変わっていき、ああこんなことなら1杯だけにしておけばよかったと後悔する。

遅い夏休みをとったはいいものの、色々頼まれたことをやり残したままで、こんな状態で休んでいいのだろうかと不安になる。
私がいなくても当たり前に会社は進んでいくのだろうけど、「頼んだこと中途半端にほったらかしたなー」と思われたらいややなー。

遅めの夏休みは、どこか遠くに行きたい。東京から遠く遠く離れたい。
ぼんやり、人の少ない海を眺めたい。

2016年9月10日土曜日

新幹線が好き

東京から新幹線に乗る瞬間が好きだ。
家族へのお土産にバームクーヘンを買って、適当なちくわと、じゃがりこと、ペットボトルのジュースを買って、乗り込む瞬間が好きだ。ああ、家に帰れるという安心感でひたひたと満たされるような気がする。

新幹線に乗り込んで、ふと外に目をやると、ホームで30代ぐらいの男性がひらひらと大きな動作の手話で誰かと話している。話相手は、新幹線の中にいた。30代ぐらいの、女性だった。夫婦だろうか。出発直前、新幹線の密閉された窓などものともせず、手だけでおしゃべりできる二人を、少し羨ましいと思った。

発車ベルが鳴る。見送られる人も、見送られない私も、みんなどこかへ向かって超高速で移動する。さよなら!

2016年9月4日日曜日

結局いい休日

プールに行った。久しぶりに行く市民プールはいつもより人が多くて、自分のペースで泳げなくて、ゆるゆる適当に泳いだ。

私のアパートから市民プールに行く途中、同じ形の白い建物がいくつも並んだ団地の間を通る。そういえば、大学の時一人暮らしをしていたアパートの近くにも、同じような団地が並んでいた。

ちょうど去年の今頃、卒業設計について真剣に考えなければいけないのだけど全然何も考えられなくて、私は毎日異常に早起きをしていた。

毎朝5時に起きて、スウェットのまま団地があるところまで歩いて行く。そして、団地の隙間にある小さな公園で、一人でラジオ体操もどきみたいなストレッチをしていた。

やがて朝日が昇り、通勤や通学の人がぽつりぽつりと歩いていくのを見ていると、眠っている社会が動き出す瞬間に立ち会っているようで、気分がよかった。

卒業設計のことを考えていると1人孤独に沼に落ちていくような気分になったので、朝が苦手な自分が早起きをしている、という事実だけが、唯一自分を支えていたのかもしれない。


心地よく疲れたプールの帰りに、秋らしい色の小さい花束を買った。家に帰って花を瓶に飾り、お風呂に入りながら本を読んだ。

お風呂から上がって、水餃子のお鍋を作り、お刺身を食べた。お腹いっぱいになった後、ベランダでキャンプ用に椅子に座り、鈴虫の声を聞きながらノンアルコールのチューハイを飲んだ。

なんていい日曜日だったんだろう、と思った。

明日から会社で、またきっと色々失敗するんだろうし、怒られたり、あきれられたりするんだろう。だけど、命はしぶといもので、だめだだめだと思っても、こうやって健康に生かしてくれているではないか。
去年の今頃もずっと、もうだめだと思い続けていた。

お気に入りのピアスをつけて、好きな服を着て、綺麗な靴を履いて、会社に行こう。生きるために、お金を稼ごう。