2014年5月9日金曜日

アメリカはピンクグレープフルーツの味

ダイエット、というほどじゃないのだけれど、甘い飲み物は太る一番の原因だと聞いて以来ジュースは極力飲まないようにしている。だけどどうしても甘いものが飲みたくなったときは、ミニッツメイドのピンクグレープフルーツジュースを買う。フルーツなら何となく健康にも良さそうという理由もあるのだが、これを飲むと昔の懐かしい思い出がよみがえるのだ。

高校1年生の時、県の交換留学でアメリカのミシガン州の高校に1か月間通った。初めての海外で、英語もまともに話せない。何もかもわからない。

ある日、どうしても喉が渇いてしょうがなかったとき、カフェテリアの自動販売機へ飲み物を買いに行った。しかしどうやって買うのかわからない。コインで買うのか紙幣で買うのか、ボタンはどこを押すのか何も分からず、一人自動販売機の前で立ち尽くしていた。そこに一人、男の人が現れた。その人は同じクラスで、いつも全身黒づくめの格好をしていてファンキーな見た目で、一度も話したことがないその人を私は勝手にとても怖い人だと思っていた。

「何を買いたいの」と聞かれた。まさか話しかけられると思っていなかった私は焦って真っ先に目に入ったピンク色のジュースが入ったペットボトルを指さした。「こ、これが買いたい」

その人は1ドル札を自分の財布から出して、そのジュースを買ってくれた。にっこり笑って手渡してくれた。何だか心臓がドキドキして、「セ、センキュー」と言った。「お金は払う」と言おうとしたがその人はさっさと向こうに行ってしまった。

仕方なくごちそうになることにして一口飲んだそのジュースは、甘酸っぱくてそれがピンクグレープフルーツなのだとわかった。てっきりアメリカっぽい毒々しく着色されたスポーツドリンクのようなものだと思ったのだ。

心臓のドキドキとジュースの甘酸っぱさが相まって「これは恋か!?」と思った。結局その人と話したのはそれっきりだった。

今でもピンクグレープフルーツジュースを飲むと、この出来事を思い出す。その時のカフェテラスのざわめき、ハイテクマシーンのような自動販売機、そして黒ずくめの男の子がにっこり笑いかけてくれたことを。

私は、15歳の自分に戻り、いつもちょっぴり赤面する。

2014年5月8日木曜日

見倉の吊り橋の恐怖



ゴールデンウィークに新潟県の見倉橋に行ってきた。

「ゆれる」というオダギリジョー、香川照之、真木よう子が出ている映画の舞台となった橋だ。
高校生のとき映画館で見て衝撃を受け、DVDで借りて見直すぐらい好きな映画だ。もちろんここへ行く前にも見た。

「ゆれる」の中では、この橋から真木よう子が転落死する。その事件をめぐって兄弟である香川照之とオダギリジョーの揺れ動く心理を描いた物語だ。

この映画が好きすぎるあまり追体験をしたくなり、実際に行くことにした。

もちろん実際の橋は転落などしないようにロープがしっかりと張ってあったが、やはり吊り橋自体はゆらゆらと揺れた。下の川がごうごうと音を立てているのが余計に、落ちたらどうしようという恐怖感を煽る。



高いところは平気だけど、この橋の上ではやはり怖かった。他に人は誰もおらず、シーンと静まり返っており、時々ウグイスのさえずりが聞こえた。


どうやって固定されているんだろうと思ったけれど、引っ張っているロープの先は土の中に埋められていてよくわからなかった。1度に7人までしか渡れないそうで、ちゃんと計算されているんだな、と思った。昔は地元の小学生たちの通学路だったそうで、こんなアクロバティックな通学を毎日していてすごい!と驚いた。私は往復するだけでもうヘロヘロになったよ。怖くて。

実際に渡ってみて、この橋の上では人間は圧倒的に弱者だと感じた。例えば雄大な自然を私は美しいと思って見る。けれど、ここでは山と川の中にひっそりと弱々しく揺れる橋があるのみだ。ただただ山の大きさに圧倒され、川の流れの激しさに恐怖する。橋は、「渡る」という目的のみを果たしている。ただ自然を邪魔しないように、ひっそりと。そこに建築的な装飾など何一つ無く、それは最小限の材料で、質素で、でも究極に美しかった。

人間は自然をコントロール出来ない、と思う。自然の中に住まわせてもらって、生かしてもらっているのだなあ、とおおげさな感想を抱いて帰路に着いた。

2014年5月4日日曜日

人間は男と女にわかれているのだと知ったとき

小学3年生のとき、いつも休み時間はクラス全員で遊んでいた。ドッジボールやケイドロや鬼ごっこ。男の子も女の子も一緒だった。楽しくて仕方なくて、この休み時間のために小学校に通っていた。

小学4年生になったら、いつの間にか男の子と女の子は一緒に遊ばなくなった。女の子は女の子だけで集まるようになった。女の子が男の子と関わるときには、そこに甘えだとか、媚びだとかいうものが入り込んできたような気がした。私は何だか面白くなくて、3年生のときのように、ただの友達みたいにみんな一緒に遊べたらいいのに、と思っていた。

女子だけが集められた性教育の授業があったのはこの時だ。男の子には秘密にされるべきことだ、というような感じで先生が話していたことは、何だか得体のしれない気持ち悪いことに思えた。男と女の間には隠されるべきことがある、というコソコソした感じに何だか苛立った。わけもわからず嫌な気分になった。今まで隠されていたものを知ったとき、男の子と女の子がただ一緒に楽しく遊べなくなった理由がわかった気がした。

ちょうどその頃、忘れもしない出来事がある。母と無印良品に買い物に行ったときのことだ。化粧品コーナーに興味があった私はキラキラと色とりどりの化粧品をうっとりと眺めていた。子どもの身長の高さで、ふと目を落としたとき、その先にあったもの。その小さな箱の見慣れないカタカナ5文字が気になった。買い物を終えた母が近づいてきたので、聞いた。
「ねえお母さん!これ何?」とその名前を口に出した。

その時の母のぎょっとした顔と、周りの大人が急に振り向いた様子。「あ、あとで教えてあげるね。もう帰ろうね」となぜかそそくさと店を後にしたときのことを覚えている。

それもまた隠されるべきもので、子どもが大人にそれを追及することは大人を困らせることなのだと知った。苛立った気持ちがよみがえった。急に意地悪な気持ちが湧いてきた。でも母を困らせるのは可哀相だと思い、追及するのはやめた。

それから何年もの中で、人間の真理を少しずつ学んだ。男女の間には何か打算的なものが必ずあり、それなしには生きていけないのだということも知った。そして、いつの間にか男女の女の側として生きることに何の抵抗も感じなくなった。

だけど、そんなこと何も知らないでただ人間としてのびのび世界を楽しんでいたときのことを時々懐かしく思う。

小学3年生と4年生。それは世界の終わりと始まりだった。

2014年5月3日土曜日

過去との対面

最近、昔の出来事をよく思い出す。それはもう堰を切ったように、溢れ出てくる。

前は、自分の幼少期のことは全然思い出せなかったのだ。「小さい時の思い出は?」と聞かれても言葉に詰まり、何も思い出せない私は頭が悪いんだろうか、とずっと思っていた。

だけど、特に最近、ブログを毎日書くようになってから昔の出来事を鮮明に思い出す。
当時の感情が生々しく甦る。そのことが何だかとても怖い。

記憶の中の幼い私は、何だか知らない子どものようだ。もし目が合ったりなんかしたら私は急いで目をそらすだろう。だけど、書いておかなきゃと思う。あの頃の感情を成仏させるように、小さい頭で思っていたことをきちんと形にしたい。

幼い私は、子どもらしい可愛げなんてちっとも持ってなかった。にこにこせず、いつもキッと大人を睨みつけていたと母から聞いたとき、思わず苦笑いした。

だけど、にこにこしないかわりに、あの時私がこっそり見ていたものを、その時蓄積していたものを、今少しずつ解放していきたいと思う。

感想「流星ワゴン」
















著者からの内容紹介
38歳、秋。ある日、僕と同い歳の父親に出逢った 。
僕らは、友達になれるだろうか? 
死んじゃってもいいかなあ、もう……。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。そして 自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか ?

私はかつて思っていた。
恋人ができれば、結婚すれば、子どもが出来れば、それはとても幸せな状態なのだろう、と。
それはまるで自分以外の誰かが、勝手に私をどこか幸せな場所へ連れていってくれるようなことだと思っていた。

でも人間同士の営みに確かなことなんて存在しない。感情は生もので日々移り変わってゆく。好きだという気持ちが一瞬で嫌いに変化するなんてことしょっちゅうある。でもその感情の豊かさこそが、生きているという証なのだと思う。

結婚、家族、親子。それらは単なるパッケージで、そこに幸福はセットになっていない。自分で幸せにしていく、という絶え間ない作業が必要なのだ。

この物語は、それがうまくできず、崩壊しきった家庭を持つ男が主人公だ。そして過去にさかのぼり、妻との、子どもとの、父とのほころびを一つずつ修復していこうとする。崩壊した家族、絶望的な状況はなにも変わらないラストだが、微かな希望とともに終わるところに少し救われる。

人の気持ちは目に見えない。相手が何を考えているかなんてわからない。だからこそ想像する。そして間違いも起こす。でもそれこそがロボットとは違う人間の面白さで、可笑しさで、難しさなのだろう。

主人公と同じ38歳のときにまた読んだら、きっと違う感想を抱くのだろうな。

2014年5月2日金曜日

言葉が未熟だった頃

人生の中で、鮮明に覚えている瞬間というものがある。
たとえそれがどんなに昔のことであっても。

その時、私は3歳だった。ある日、保育園の3歳クラスに大量のおはじきが届いたことがあった。箱いっぱいに入ったプラスチックのおはじきにみんな大喜びし、おままごとや、転がしてあそんだり、アクセサリーのようにしてみたり、思い思いに遊んでいた。

私は一人で、2リットルの空のペットボトルにひたすらおはじきを詰めるという作業に熱中していた。ぎっしりと色とりどりのおはじきで埋め尽くされていくペットボトルは、うっとりするほど美しかった。せっせと詰めて、やっといっぱいになった!とキラキラしたペットボトルを眺めていたとき、先生が急に怒った。「何してるの!こんなことしたら、おはじきが取り出せなくなるでしょう!」

先生はペットボトルを逆さに持った。驚いたことに、おはじきは外に出てこなかった。ぎゅうぎゅうに詰まったおはじきは、逆さにしても直径2センチぐらいの口から落ちなかったのだ。

口が開いているのに落ちない!その事実に3歳の私は驚愕した。

先生は怒り続ける。
「こんないっぱい独り占めしてみんな遊べないでしょ」
「ほら、もうおはじき出てこなくなったでしょ」

でも私はその時聞きたかった。「なんで、どうして、すごい、入れたのに出てこないなんて」
でも、聞けなかった。聞くべき言葉がわからなかった。その時のもどかしい気持ちと、怒られているということの決まり悪さ。

昔のことはあまり覚えていないのだけど、この3歳のときの出来事だけは20年経った今でも鮮明に思い出せる。ぎっしり詰まったおはじきの美しかったこと、突然先生に怒られた言葉の一言一句、そして口が開いているのに逆さにしても中に入っているおはじきが落ちてこなかったこと。

その時のことは母にも言えなかったし、誰にも言わなかった。あの美しさとか驚きを誰にもわかってもらえないだろうなと何となく幼い頭で思っていた。それに、その状況を伝えられる言葉をまだ3歳の私は持っていなかった。

ブログを書きだして、あの頃の自分と向かい合うことができ、やっと言葉にできてほっとしている。

2014年5月1日木曜日

自由にのびのび動き回るのです

誰も君のことなんか見てない。

たまたまタンブラーに流れてきて、上の記事を読んだ。何だか今の自分に言われているようで、心に沁みた。気持ちが少し軽くなった。

今日ちょっと、というかかなり恥ずかしい思いをした。もともとない自信をさらに無くした。
けど、そんなの関係ねえ!

だって誰も私のことなんか見てないんだもの!