小学4年生になったら、いつの間にか男の子と女の子は一緒に遊ばなくなった。女の子は女の子だけで集まるようになった。女の子が男の子と関わるときには、そこに甘えだとか、媚びだとかいうものが入り込んできたような気がした。私は何だか面白くなくて、3年生のときのように、ただの友達みたいにみんな一緒に遊べたらいいのに、と思っていた。
女子だけが集められた性教育の授業があったのはこの時だ。男の子には秘密にされるべきことだ、というような感じで先生が話していたことは、何だか得体のしれない気持ち悪いことに思えた。男と女の間には隠されるべきことがある、というコソコソした感じに何だか苛立った。わけもわからず嫌な気分になった。今まで隠されていたものを知ったとき、男の子と女の子がただ一緒に楽しく遊べなくなった理由がわかった気がした。
ちょうどその頃、忘れもしない出来事がある。母と無印良品に買い物に行ったときのことだ。化粧品コーナーに興味があった私はキラキラと色とりどりの化粧品をうっとりと眺めていた。子どもの身長の高さで、ふと目を落としたとき、その先にあったもの。その小さな箱の見慣れないカタカナ5文字が気になった。買い物を終えた母が近づいてきたので、聞いた。
「ねえお母さん!これ何?」とその名前を口に出した。
「ねえお母さん!これ何?」とその名前を口に出した。
その時の母のぎょっとした顔と、周りの大人が急に振り向いた様子。「あ、あとで教えてあげるね。もう帰ろうね」となぜかそそくさと店を後にしたときのことを覚えている。
それもまた隠されるべきもので、子どもが大人にそれを追及することは大人を困らせることなのだと知った。苛立った気持ちがよみがえった。急に意地悪な気持ちが湧いてきた。でも母を困らせるのは可哀相だと思い、追及するのはやめた。
それから何年もの中で、人間の真理を少しずつ学んだ。男女の間には何か打算的なものが必ずあり、それなしには生きていけないのだということも知った。そして、いつの間にか男女の女の側として生きることに何の抵抗も感じなくなった。
だけど、そんなこと何も知らないでただ人間としてのびのび世界を楽しんでいたときのことを時々懐かしく思う。
小学3年生と4年生。それは世界の終わりと始まりだった。
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